BSDW


1.火星からのヒロイン現る


ここは某青い星にある、白地に赤い丸の国旗が素敵な某国の某都の学校の中庭です。
常日頃から、先生たちの目が届かない、いわば生徒たちの無法地帯と化している中庭ですが、真夜中の二時ともなれば流石に人の姿はなく、静まりかえっています。
――と、誰もいない中庭に一人の少女が姿を現しました。肩よりいくらか長い髪を髪をうなじの上で纏めた背の低い小柄な少女です。
少女は人目を憚るような様子で、中庭に植わっている木の中でもっとも大きな木の下へと向かいました。 と、そこに一人の少年が木下に足を伸ばして腰掛けていました。
こちらもどちらかと言えば小柄で少し幼いような顔立ちの少年が、都会の明るい星一つ見当たらない空をぼんやりと見上げています。
強張った表情をみせていた少女が彼の姿を認め、その表情が柔らかなものになります。

「泰智」

少女が少年の名を囁くように、呼びました。
すると、少年は明るい夜空から少女の方へと振り返りました。

「リカ」

少年もまた、少女の名を囁くように、呼びました。
リカ、そう呼ばれた少女は、はにかむように微笑みました。

「隣いい?」
「うん、いいよ。」

そして、少女はおずおずとした歩みで少年の隣の木の根元に腰掛けました。
腰掛けて、伺うように隣をちらりと見れば、少年のまっすぐな瞳と視線が絡み合います――少女の頬がほんのりと朱色を帯びました。

「リカ…」

少年が再び少女の名を呼びます。

「泰智…」

少女もまた、少年の名を呼びました。
二人がそっと互いに手を伸ばしたその時―――明るい夜空に獣のような咆哮が轟き、静かな夜の闇を切り裂きました。

「何!?」

少女の悲鳴の声が上がるとほぼ同時に、少年は少女の前に、左手を広げて立ちふさがりました。
一体、何?少女が再びそう声を上げようとしました、けれども、少女がその問いを発する事はありませんでした。

彼らの目の前には、山のように大きな真っ黒な異形の化け物が真っ白な牙を向きだしにして立っていたからです。

「リカ、絶対に僕の前から出ないで!!」

少年の叫び声が響きますが、目の前の化け物に腰を抜かした少女は首を振る事も頷く事も出来ません。少年の後ろで震えている事で精一杯です。
そんな二人をあざ笑うかのように、化け物はドシン、と重い音を立てながら、二人にゆっくりと近寄ってきます。

「来るな!!」

少年が再び震えそうになる声を張り上げます。
けれども、化け物の歩みは止まりません。
ゆっくりゆっくりと、少年と少女へと歩を進めます。
そして、化け物の丸太のような足が二人に襲いかかろうとした―――その時!

「そこまでよ!!」

凛とした少女の声が校舎の屋上から響き渡りました。
化け物と少年と少女は、声の主を振り返りました。そこには、

「愛し合う二人を引き裂こうとするなんて言語道断!!そんな不埒な輩はこのあたし――」

屋上で月をバックに、波打つ長い髪をたなびかせた影が、

「火星あたりからやってきた正義のヒロイン、ユーミンが退治してやるわ!!」

そう高らかに名乗りを上げました。
ちなみに彼女の声が中庭までも響くのは、右手にマイクを持っていたからでした。
と、彼女――火星辺りからやってきた正義のヒロインユーミン(以下ユーミン)はマイクの電源をオフにしてから、屋上にマイクをまず置いて、

「とう!!」

勇ましい掛け声と共に屋上から飛び降りて、颯爽と化け物たちの前に姿を現しまし―――

「あれ?」

―――ませんでした。

ユーミンが屋上から跳躍し、足が離れるその寸前に、彼女の足に稲妻のような激痛が走りました。
勢い良く助走をつけて屋上から飛び降りようとしていたのです、急に止まるなんてことは――無理ですよね。
哀れユーミン、屋上からほぼ直角に落っこちて、地面に頭から真っ逆さまにダイブ中です。
おおっと、地面まで後10メートルだ!

「っちょ、まままってよ!!」

ごめん。無理。待てねぇ。

「うそおぉお、これって死ねるでしょおおおお!!!!」

ユーミンの悲痛な(?)叫び声を最期に、中庭に、ずどーん!!と、うどん生地を机に叩き付けた音の二十倍ぐらいの大きな衝撃音が走り、同時にもうもうと砂ボコリが盛大に舞い上がりました。
少年も少女も化け物も揃って開いた口が塞がりません――勝手に現れて勝手に自爆した火星辺りからやってきたヒロインにどんな言葉をかけてやればいいのかなんて、少年も少女も、化け物だって知るわけありません。

と、砂埃の中から、地面に突っ伏していた人影がのろのろと起き上がります。
そして、砂埃が晴れ、そこには――

「うう…不覚だわ、日ごろの運動不足が祟ったのかしら……やっぱりジ●ーバに頼るだけじゃダメなのかしら。」

長いピンクの髪の毛やひらひらピンクの衣装に土を大量にくっつけ、顔も土まみれ、強打したのか鼻が赤く腫れている少女が、半径2メートルほどのクレーターの中心に立っていました。
と、少女の胸元の黒いハムスターを模したブローチがぺかっと光出します。

『そうだよ、ユーミン、もう●ョーバは時代遅れだ。世界は次なるアイテムへと目を向けているんだよ。』

ブローチから、くぐもった少年の声が発せられました。その声の言葉に、ユーミンが驚きます。

「ええ!?そうなんですか、総督!!」
『そうなんです、運動不足に悩めるあなたにオススメの商品があります!その素晴らしき商品の名前は―――』

心底楽しそうに少女とブローチが、テレビの通販よろしく、目の前で漫才を繰り広げている姿に、置いてけぼりを食らった人々は、

「ねぇ…泰知……あたし帰っていいかなぁ。」
「……僕も帰りたいな。」

目の前で繰り広げられるワケの分からん現実から逃げ出したい気持ちで一杯でした。

『―――なんとお値段たったの19800円!今ならなんと、枕カバーを五つお付けします!!』
「まぁ!!なんてお手頃な価格なんでしょう!!……って、提督、こんなことやってる場合じゃないですよ!!」

あ、ブローチが商品の素晴らしさを使用者の体験談も交えながら喋り捲っていた中、やっとユーミンがブローチにツッコミをいれました。
その頃、暇になって少年としりとり中の少女は、特に何も思いつかなかったのでじゃあパイナップル、と言ったら、少年にはじゃあルミノールと言われ、るが続いたので、次に何を言えばいいか悩んでいました。 独りぼっちの化け物は一人仲間はずれにされて寂しそうに地面にのの字を書いていました。
何だか哀愁を感じる背中です。
と、そこに威勢のよろしい声が掛かります。

「そこな化け物、面を上げい!!」

孤独感でしんみりしていた化け物をびしりと指差す少女が、時代劇のノリでそんな風に話しかけました。
よい子の皆さんは、他人を指差してはいけません。
でも、相手が欲しかった化け物は素直に面を上げました。
誰でもいいから相手して欲しいんですね、かわいそうですね。

「愛し合う二人を引き裂こうとするなんて言語道断!!そんな不埒な輩はこのあたし――この火星あたりからやってきた正義のヒロイン、ユーミンが退治してやるわ!!」

ユーミンはさっきと一文字一句と違わない台詞をもう一回言いました……化け物もやはり反応に困っています。それがどしたのよ。
そんな化け物の様子なんか知る由もなく、ふう、とユーミンはため息をつきます。

「うん、さっき失敗したから、今のテイク2ね。さっきの忘れてね、化け物さん。」

ユーミンの精一杯可愛いお願いに、返事に困りきっている化け物さんはとりあえず、こくこく顎っぽいところを上下に振っときました。
正義のヒロインに化け物が振り回されているのは気のせいでしょうか、いや気のせいではない。