BSDW


3.バレンタインが命日だという人々も少なくない(専門家談)


チャイムが鳴り、ざわめいていた生徒たちも自分の席に戻った。
担任の先生が入り、教室は先ほどの騒々しさが嘘のように静かになった。
ここは軍事学校だから、全員とは言わないが、一部の先生は軍人である。(軍事学校といえど、普通教育の内容も習うから、普通の先生もいるのだ。)
大抵、軍人の先生は、軍人が持つ特有の威圧感みたいなものがあって、逆らえる生徒は稀にしかいない。
けれど、ここの担任はただの技術の先生なので、そんなに怖くない。
ちなみに、副担任はもっと怖くない。
で、案の定、そんなに怖くない担任の技術の先生の話は、雷太の耳をただ通り抜けるだけ。
さっきの桜のことが頭から離れない。
「先生の話ぐらいは聞けよ、俺!」と、雷太の理性が言っても、桜の笑顔がふっと頭に浮かんで、にやにや〜っとなってしまうを繰り返していた。
つまり、箸と豆腐ってやつである…あれ、なんか違うような気がするけど、過ぎたるは泳が猿が如しとか言うし。
近くで雷太を観察していると、百面相を一人で繰り返していて、気持ち悪い事この上ない。
実際、雷太の周りの生徒は、なるべく雷太の方を見ないようにしている。しっ、見ちゃダメよ!
先生も、そんな雷太を勿論発見していたのだが、あまりにも気味が悪いので、あえて言わなかったとかそうじゃないとか。
そんな様子を見かねてか、ヨーコが、斜め前の席から雷太の一回セットするのに、ワックス百グラムを要するという噂の頭を軽く叩いた。

「先生の話ちゃんと聞きなさいよね。」

その声はいつもより落ち込んだ声で、ヨーコらしくない声だった。
流石に雷太も、桜の笑顔の誘惑を振り払って、先生の話に耳を傾けた。
先生の話によると、一・二時間目は射撃訓練、以降は、普通教育の物理だの歴史だのといった科目だった。
射撃訓練の授業とは、普通に的に向かっての射撃訓練の後、クラスの男女半分ずつ分け、それぞれ男子半分と女子半分で一チームとし、対抗戦形式の訓練を行う。
強さのバランスを保つために、チームは先生が決めているので、先生が変な分け方をしなければ、勝率は五分五分だ。
ちなみに、対抗戦のトトカルチョを行う不届き者がいるとかいないとか。速足なんとかとか速足なんとかとか…。
トトカルチョをしていたことがばれて、先生から耳にイカが産卵するぐらい(※たこが出来るぐらい)に長い説教をプレゼントされたらしい。速足なんたらとか速足なんたらとか…。

「雷太?」

突然誰かに話しかけられた。
そう、的に向かっての射撃訓練に入る前の先生の説明の最中だ。
雷太に声をかけたのは、同じクラスで同じ寮のルームメイトの音野連斗だ。
彼は情報部所属で、情報部内…いや情報の扱いに関しては学校の先生にも一目も置かれるような存在だ。
裏では情報屋として暗躍しているとも言われている。
誰にも言っていない秘密を何故か音野に知られていたり、今起こったことをすぐに情報として流したりと、彼個人の人工衛星でも持ってるのかといいたいぐらい(実際疑惑をもたれている)に情報の扱いが上手い。
というわけで、彼は学校の全員の弱みを持っており、誰も彼に逆らえないのが現状である。
それと、何故か彼はペットにハムスターを連れている。名前はクロさん。
その名のとおりに体が黒いハムスターだ。
んで、そんな彼が話しかけてくる内容とは…今朝のアレか。

「あの橋本と樹下のことなんだけど…」

予想は当たっていた。尚、橋本とはヨーコのこと。樹下とは桜のこと。

「何?」
「え…っと今日の実践さぁ…橋本と樹下が同じチームで、雷太とは違うチームだから気をつけたほうがいいよ」

さっき決まったばかりのチームをもう音野は把握している。さすが情報屋だ。
桜ちゃんと違うチームなのは残念なのだが、ヨーコが違うチームというのは…少し命の危険を感じた。

「特に橋本。今凄い機嫌悪いから。朝のアレのこと最初はしょげてたけど、よく考えたらイライラしてきたんじゃない?」

ガーン。雷太ぴーんち。絶対狙撃される。
ヨーコは、射撃訓練ではダントツ一番の成績を収めている。
もはや、今日の射撃訓練で死者が出てもおかしくない。そう本気で思えてしまった。
そして、それがどうか自分でない事を祈るばかりだ…。

的への射撃を始める合図の笛が鳴った。
その合図とともに、雷太は黒塗りの的へと銃身を黒塗りの的へと向け、引き金を引いた。
銃身から出たゴム弾は、黒塗りの的へ――――掠りもせずに、的の遥か下の地面に小さな穴を開けただけだった。
その後も、射撃を続けるも、あさっての方向にゴム弾が飛ぶばかりで、的にちっとも当たらない。
それは右隣の音野も同じどころか余計に酷く、あさってどころかしあさっての方向へ飛ぶばかり。
そんな音野を生暖かい目で見ていると、反対の左側でゴム弾がとんでもない勢いで抜けて行き(同じ銃を使っているはずなのに)、雷太が狙っていた的の中央に命中。
その弾の主はヨーコだった。
雷太の左側の隣の隣だ。つまり一人挟んで雷太とヨーコは接しているのだ。
滅茶苦茶機嫌が悪い事の表れのように、憤怒の形相でヨーコは嵐のようにゴム弾を打ちまくり、その全てを的の中央に命中させている。

(うわっ、滅茶苦茶怒ってる。)

というわけで、少しその場を離れて、遠くからヨーコを観察する事にした。
そういえば、ヨーコのサイドにいたはずの生徒がいない。
そりゃ、鬼もビックリして降伏したくなるような表情で、狂ったように弾をぶちまけている姿を見れば、誰だって怖くなるか。
雷太と同じく、的に掠りもしないで、それどころか先生に二発撃ち込んだと見られる(これは故意か事故は不明)の音野が、青ざめまくりのナスみたいな顔色の雷太とは正反対に、すっきり晴れ晴れとした表情で話しかけてきた。

「ほら、言った通りになったでしょ?絶対警戒しといた方がいいよ。もし、何かあったら、僕に言ってくれれば、何か手を貸したげるから。」

その言葉に普段感動しない雷太が感動……するわけなかった。
むしろ腹ただしい。何かあったらって、何か終わった後に手を貸すって言われても嬉しくないぞ。
弾で撃たれてから、「音野助けてー!」といったところで遅いのですが。

「大丈夫!!仇は討ったげないかもしれないこともないかもしれないから!!」

いや、それだから君は信頼できないんじゃないか。

爽やかな笑顔で言った音野に、バタ●さん流奥義のアンパン○ンの顔投げをぶちかましたくなったが、投げる○ンパンマンの顔がないし、そんなコントロールも筋力もないので諦めた。
が、音野は弾が当たった先生からの素晴らしいプレゼント(素晴らしく上等な部屋で素晴らしく上等な説教)が待っていた。
音野は先生様に任せて、遂に恐れていた対抗戦形式の訓練が始まろうとしていた。