「…。」
で、雷太はそれらを綺麗に無視して教室へ足を向けた。
「ああ!!待て!!」
「ああ!!待て!!」
「ああ!!待ちぇ!!」
やっぱり三人のエコー。こんな奴らに行く手を遮られたら、誰だって嫌だ。
「ヨーコちゃんを泣かせた罪、許さないからな!!」
「ヨーコちゃんを泣かせた罪、許さないからな!!」
「ヨーコちゃんを泣かせた罪、許ちゃないからな!!」
いやいやいやいや、本当にうっとおしいぞ!!
雷太がちらっと時計に目をやると、時計はもう少しでチャイムがなる時刻を指していた。
お前らも遅刻するぞ〜、と思ったが、あえて言わなかった。…まぁ、要は勝手に遅刻しちまえと言うのが本心なわけで。
そんなこんなで教室に入ると何やらにやけた男どもが、数人いた。つまり、一部の男子がニヤついていた。
どーせ、女子からチョコでも貰ったのかな、と思っていると、にやけていた男子のうち一人が雷太に話しかけてきた。
「よお、そんな頭してどうした?」
そんな頭して、は余計である。
雷太に話しかけてきたのは、クラスの友達のX君…もとい速足君だ。足が速いから、速足って呼ばれているわけではない。これは本当に本名である。
ただし、名前の方は本人しか知らない。出席簿にも速足としか書かれていないのである。
「どうしたもこうしたも、別に。」
雷太は素っ気無く答える。
「何ごまかしてんだよ、クラス中の皆が知ってるぜ。ヨーコちゃんの手作りチョ・コ♪」
そういえば、去年もそうやって騒がれたような気がした。
クラス中が、何故もう知ってるかは、考えなくても分かる。教室の窓から、ヨーコが雷太にチョコを渡している姿はバレバレ。
あそこまで校門の前で堂々と渡すなど、話のネタにしてくれって泣きながら頼んでるも同然の行為だよ、ヨーコさんや。
「で…どうお前返事したんだ?」
いきなり核心を突いてきたな、速足よ。
雷太は何も言ってないと、正直に答えようとすると、いきなりクラス中がざわめいて何事かと教室を見渡す。
クラス中の皆が雷太を見ている。そのなかには、幾つか痛い視線が雷太を貫いていた。あ、ヨーコはいない。
「あー…。うん、何も言ってない。」
正直に答えた。どの道、バレンタインデーは一日中痛い視線に貫かれ続けるのに変わりはないけれど、こちらの方がまだ他の男子の反感を買わなくて済む。
そして、その雷太の答えを聞いて、クラスの痛い視線を向けてきた男子の中には
「今年、おれにチョコくれるかも!!」
と、儚い明るい希望を抱いて宣言する奴もいた。こういうのを見ていると、涙で前が見えなくなるよ。
机にカバンを下ろして、うるさいクラスを少し離れようと席を立つと、一人の少女が雷太の席におずおずとやって来た。
その少女は頬を、ほんのりと赤らめながら、口を開いた。
「あ…あの、針山君…えーと…ヨーコのチョコ貰わなかったの…ですか?」
その少女は、セミロングの髪をヘアピンで飾り、大きな愛らしい目に、小さめの口や鼻…そう、全校の男子の注目を集める樹下桜。
彼女は、ヨーコの親友かつ、学園のアイドル、そして雷太の気になる人。
自分の密かな想い人に声をかけられるとは、夢にも思わなかった雷太は、
(さっ、桜ちゃん…もしかして親友のヨーコのチョコを受け取らなくて、泣かした事怒ってる!?)
動揺しまくりのなんの。どうやら、桜には随分弱いらしい。
しかも、その桜が目をこれ以上ないぐらいに良い角度に向け、雷太をじぃっと見つめていた。
密かな想い人にこうされては仕方ない…のかもしれないが、さっきの脇役のくせにめげなかったのは、一体なんだったんだ?
「…うん」
遂に答えた。雷太は答えるのに、たっぷり五分以上は掛かった気がしたが、実際は三十秒近くしか経っていない。
そして、雷太は後悔した。あの時チョコを受け取っていれば、ヨーコは泣かずに済んだし、桜を怒らせる羽目にもならなかった。受け取っても、チョコは食べなきゃよかっただけの話だ。
そう思っていた。
が。
「そうなんですか…変なこと聞いてごめんね。」
と言ったあと、ほっと胸をなでおろした。
雷太の机を去る際に、男子を一撃で悩殺する必殺スマイルを浮かべて、小走りで元々いたらしい友達のところに戻って、他愛のない話の続きをしはじめた。
キュン死にやーーーーー!!!!(分かる人だけ分かってください)
勿論、他の男子の視線が、某宇宙船に載っているらしいという噂の、●動砲並の威力にアップしたのを忘れずに付け加えておく。
しかし、そんなもの、今の雷太にはミジンコに頭突きを食らわされたぐらいの威力しかなかった。
ミジンコに頭突きを喰らわされた経験がある人は物凄く稀だと思いますがねぇ。食らわされても分かるのかな?